2025.04.17
アーティスト紹介
golden アーティストインタビュー vol.8 宮崎 勇次郎
宮崎勇次郎先生の作品の原点は、ご実家が営む銭湯のペンキ絵にあるという。大学時代に実家の銭湯にペンキ絵を描くため、銭湯絵師からペンキ絵の手ほどきを学ぶ。卒業後は、ゲームデザイナーの職に就き、奇しくも同じ背景画を描く仕事を担当していた。
『背景絵師』と名乗る師匠と同じ肩書を使う理由を伺うと、「風呂屋の主役はお客様、ペンキ絵は脇役、つまり背景だよ。」という言葉に感銘を受けたからだそう。
風呂屋のペンキ絵もゲームの背景も、主役は風呂に入りに来たお客様であり、ゲームに興じるひとである。
あくまでも自身の作品は脇役であると位置づける謙虚さは、宮崎先生の人柄そのものである。
一つの作品に様々な要素が組み込まれた鮮やかで個性的な作風には、宮崎先生のこれまでのご経験や、感じてこられたことがとてもシンプルに投影されていた。

「Family Tree」 2022 acrylic on canvas 194×130,3㎝

「お願いTimemachine」 2021 acrylic on canvas 194×130,3㎝

「ザビエル」 2025 acrylic on canvas 194×130,3㎝

「宇宙家族」 2024 acrylic on canvas 116,7×91㎝

「未知とのsooooogood」 2021 acrylic on canvas 194×130,3㎝
Q:今回は2025年3月26日(水)- 4月7日(月)の期間、新宿高島屋美術画廊で行われている宮崎先生の個展『カニッツアの三角形と真夏の幽霊』展の会場でインタビューをさせていただいているのですが、この不思議な表題と展示されている作品についてご説明いただけますか。
A:「カニッツァの三角形と真夏の幽霊」というタイトルは、私たちの目が捉えているものが、必ずしも真実ではないということを意味しています。
カニッツァの三角形は、実際には存在しない三角形が、私たちの脳内で補完されて見えるという錯視現象です。つまり、私たちは、見ようとしないと見えてこないもの、あるいは、見えていると思い込んでいるだけで、実際には存在しないものを、無意識のうちに作り上げているのです。
真夏の幽霊も、真夏の暑さでぼんやりとした意識の中では、現実と幻想の区別が曖昧になり、普段は見えないものが見えてしまうことがあります。それは、私たちの心が、見たいもの、信じたいものを、現実の中に投影しているのかもしれません。
皆さんが見ているものは本当に正しいのか?私たちは、固定観念や先入観にとらわれ、真実を見ようとしていないのではないか?現代社会は、情報過多であり、様々なものが可視化されています。しかし、本当に大切なものは、目に見える形では存在しないのかもしれません。見えないものに目を凝らし、心の目で真実を見抜くこと。それが、私たちが生きていく上で、最も重要なことなのではないでしょうか。


Q:宮崎先生が絵を始められたきっかけを伺いたいのですが、ご実家である銭湯のペンキ絵が原点という内容の記事を拝見しました。そのお話を是非伺いたいのですが。
A:私にとって初めての絵画体験は、美術館で出会った絵画ではなく、銭湯のペンキ絵でした。大学に進学し、様々な絵画を制作する中で、自分の作品がしっくりこない日々を過ごしていました。そんな時、偶然にも銭湯のペンキ絵に再び出会い、大学3年生の頃、銭湯のペンキ絵師である早川利光さんから技術を学ぶ機会を得ました。
職人気質の早川さんは、「描き方をいちいち教えるつもりはない。見て覚えろ。」という方で、足場の組み方から、使用するペンキや絵具の調合、筆の扱い方まで、全てを自分の目で見て学びました。様々な会話をする中で、「銭湯は湯気で霞むから、鮮やかな色彩でなければ絵がはっきりと見えないのだよ。」という言葉を頂きました。その言葉をきっかけに、私の作品は次第に明るい色彩へと変化していきました。現在の力強い色彩と明確な形を追求する作風は、早川さんの言葉、「ぼんやりとではなく、はっきりと見せる」という教えから生まれたものです。


Q:肩書を『背景絵師』とされている理由もお聞かせいただけますか?
A:早川さんから名刺を頂いた際、「背景絵師」と書かれていて、それを引き継ぐ形で名乗っています。早川さんに「なぜ背景絵師なのですか?」と伺ったところ、「主役はお客様であり、私たちが描いているペンキ絵は、あくまでも銭湯で気持ち良くなってもらうための脇役、つまり背景だよ。」という言葉を頂きました。その言葉に感銘を受けたことも、背景絵師を名乗る理由の一つです。作品は、観てくれるお客様がいて初めて成立するものであり、それぞれの営みの中で背景として存在すると考えています。
銭湯は、人々の日常に寄り添い、疲れを癒す場所です。そこには、老若男女、様々な人々が集い、それぞれの時間を過ごします。私が描くペンキ絵は、そんな銭湯の空間を彩り、お客様が心身ともにリラックスできるような、心地よい背景でありたいと考えています。それは、まるで舞台の背景画のように、主役であるお客様の存在を引き立て、物語をより深く、より豊かにするための存在です。
話は変わりますが、ゲーム会社に勤務していた時も背景を担当していて、キャラクターが存在する世界をどのように創り出すのかを考えながら制作していました。ゲームの世界では、背景は単なる風景ではなく、キャラクターの感情や物語を語り、プレイヤーをゲームの世界へと没入させるための重要な要素です。そういった経験も、私が背景絵師と名乗る要因の一つかもしれません。
主役はあくまでもお客様であり、私の作品はその空間を彩る脇役です。しかし、脇役だからこそ、細部にまでこだわり、空間全体を意識することで、主役を引き立て、物語をより深く、より豊かなものにすることができると信じています。

Q:宮崎先生の作品は、一つの画面に様々な表現様式が組み込まれた、奇抜な発想の独特の表現スタイルですが、その表現スタイルが生まれた経緯をお話しいただけますでしょうか。参考にされている資料などもあると思うのですが。
A:私の作品スタイルは、幼少の頃から親しんできた銭湯のペンキ絵と、高校時代に福岡市美術館で出会ったマグリットの作品から影響を受けています。一見、全く異なるように見える二つの絵ですが、どちらも一つの画面に様々な要素を組み合わせ、現実ではありえない幻想的な風景を表現している点において、私の中で深く共鳴し合っています。
銭湯のペンキ絵は、富士山と宮島、富士山と松島など、実際には一つの場所から同時に見ることのできない、複数の名所を組み合わせることで、まるで観光地のポストカードを寄せ集めたような、非現実的な理想郷を創り出しています。また、湯船の湯とシームレスに繋がるように描かれた絵の下部には、必ず水面が描かれており、現実の風景と理想の風景が溶け合うように融合されています。この独特な空間表現は、観る者を日常から解放し、非日常的な世界へと誘う、一種のトリップ体験と言えるでしょう。
マグリットの作品も、デペイズマンという手法を用いて、本来出会うはずのないものを一つの画面に共存させることで、異和や偶然性を表現しています。例えば、空中に浮かぶ岩や、人間の顔に重ねられた花など、現実ではありえない光景を描くことで、観る者の常識を揺さぶり、新たな視点を与えてくれます。この二つの絵の成り立ち、つまり、現実と非現実の融合という共通点が、私の中で深く繋がり、私の作品スタイルとして確立していきました。
銭湯の話に戻りますが、銭湯は老いも若きも、男も女も、富める者もそうでない者も、全ての人が平等に裸で向き合う場所です。そこでは、社会的な地位や肩書きは意味を持ちません。ただ一つの湯船を囲み、裸の付き合いを通して、人々は互いに心を開き、交流を深めていきます。どこから来て、どこへ帰るのかも分からない人々が、一つの湯船に浸かる。それは、偶然の出会いであり、人生の縮図のようでもあります。
幼い頃、銭湯の脱衣所に貼られた指名手配のポスターを見て、「悪い人も銭湯に来るのだ。」と思い、お客さんの顔を見ながらビクビクしていました。普段は出会うはずのない、社会の裏側に生きる人々も、銭湯では同じ湯船に浸かっている。その光景は、幼い私にとって衝撃的であり、社会の多様性と、人間の複雑さを垣間見る経験となりました。そういった銭湯での体験も、私の作品の原点となっています。
Q:2022年に行われた博多駅前プロジェクトのような大きな壁画も描かれていますが、構想画のようなものはどの程度まで作成されるのですか?また、先生の作品はとても鮮やかですが、事前に色の指定まで決められるのですか?

Q:壁画の制作は、多くの場合、クライアントからの依頼に基づいて行われます。そのため、私はまず、依頼者の要望や想いを丁寧にヒアリングし、そこから作品のコンセプトを練り上げていきます。博多駅前プロジェクトでは、地下鉄七隈線の開通を記念した壁画の制作依頼でした。そこで、福岡の人々との交流を深め、様々な場所をリサーチすることから始めました。福岡は、美しい海岸線が広がる百道浜や、活気あふれる屋台など、海や川に育まれた独自の文化を持っています。また、韓国へのフェリーが就航していることから、韓国や中国など、アジアの多様な文化が交差する場所でもあります。そうした福岡の歴史や文化、人々の暮らしを丁寧に紡ぎ合わせ、「水を通して人々が繋がり、共に生きる大地」というテーマを表現しました。
博多駅前プロジェクト以外にも、千駄ヶ谷小学校、神奈川小学校、八王子医療刑務所など、様々な場所で壁画制作に携わってきました。これらのプロジェクトでも、地域住民や子供たちとの対話を重ねることを重視しました。ワークショップを開催したり、意見交換会を設けたりすることで、地域の声に耳を傾け、作品に反映させていきました。壁画は、その場所で暮らす人々の記憶や想いを刻み込むものであり、地域コミュニティのシンボルとなるものです。だからこそ、私は、壁画制作を通して、人々の繋がりを育み、地域に貢献したいと考えています。
色彩設計に関しては、ゲーム会社での勤務経験が大きく役立っています。パソコンで綿密な下絵を作成し、それを基に現場で制作を進めていくスタイルは、ゲーム制作のプロセスと共通する部分があります。デジタルツールを駆使することで、色彩の微妙なニュアンスや、光と影の表現を追求し、より豊かな表現を可能にしています。

Q:使用する絵具についてお伺いします。キャンバスや壁面など、様々な支持体に描かれていますが、絵具はどのようなものを使われているのですか?特に壁や屋外展示の作品などはシーラーやコート剤など、なにか工夫されている点がございましたら差し支えない程度にお伺いしたいのですが。
A:キャンバスに絵を描くとき、私は鮮やかな色彩を最大限に引き出すために、下地処理に特に気を配っています。具体的には、「アブソルバン」という画材を下地に塗布しています。このアブソルバンは、絵具の発色を助けるだけでなく、キャンバスの吸収性を高め、絵具の乾燥を早める効果があります。そのため、時間をかけずにスピーディーに制作を進めることができるのです。
一方、屋外の壁画制作では、大量の絵具を使用するため、「エコフラット」という塗料を使用しています。壁画は、常に紫外線や雨などの厳しい環境にさらされるため、エコフラットのまま放置していると時間とともに退色してしまいます。そこで、作品の保護と長期保存のために、UVカットクリアーを仕上げに塗布しています。
Q:ゴールデンアクリリックスについて、ご使用いただいている理由と気に入られている製品についておきかせいただけますか?
A:鮮やかな色彩と優れた隠蔽力を持つカドミウム系の絵具や、ソーフラットマットを愛用しています。ゴールデン社製の絵具ではありませんが、ホルベインの不透明アクリル絵具マットタイプも、作品に独特の深みを与えるために使用しています。
作品が完成した後には、クリスタルバーニッシュを塗布することで、絵具の彩度をさらに高め、異なる種類の絵具を使用した場合でも、作品全体に統一感をもたらします。
私は富士山や青空をモチーフにした作品を多く描くため、ライトウルトラマリンブルーやセルリアンブルーといった青系の絵具を頻繁に使用します。ソーフラットマットは、その伸びやかで滑らかな質感により、非常に扱いやすく、私の作品制作において欠かせない存在です。
Q:宮崎先生にとって、アートとはどのようなものでしょうか。また、東京造形大学でも教鞭をとられていらっしゃいますが、アーティストを目指す若い方に、これまでのご自身の経験から、何かアドバイスがありましたらお願いしたいのですが。
A:私にとってアートは、「気付き」と「発見」、そして「記憶の伝承」です。
日々の生活の中で、たまたま目にしたものや、耳にした言葉、肌で感じる空気。そうした何気ない瞬間に、今まで見過ごしていた美しさや面白さ、あるいは過去の記憶と繋がる何かを発見することがあります。予期せぬ出会いや発見は、作品に新たな息吹を与えてくれます。
例えば、通学や通勤で電車を利用することがあると思いますが、目的地に着くまでの時間に本やスマホを見ているなら、一度それをやめて周りの風景に意識を向けてみてください。普段は気にも留めない景色の中に、思いがけない発見があるかもしれません。隣から聞こえてくる会話から、思わぬヒントが隠されているかもしれません。吊り広告に書かれたキャッチコピーが、心に響く言葉として記憶に残るかもしれません。電車の窓から見える景色は、時間や季節によって表情を変えます。そうした日常の風景の中に、アートの種が潜んでいると思っています。
アートは、特別な場所や時間だけにあるものではありません。私たちの日常の中に、常に存在しています。大切なのは、それに気付き、発見する心を持つこと。そして、その感動を記憶に留め、作品として伝えていくことが大切だと思っています。
学生たちにも、「記憶ノート」をつけることを勧めています。彼らが日頃から気になっている物事は、これまでの経験や環境、あるいは心の奥底で求めているものと深く結びついている可能性があります。日々の生活の中で、心に響いた言葉、美しいと感じた風景、心揺さぶられた出来事。それらを丁寧に記録し、記憶の引き出しにしまっておくことで、彼ら自身の「制作原理」が育まれていくでしょう。そして、その「制作原理」は、彼らの作品に反映され輝きを与えるはずです。


記憶の伝承についてですが、世界や社会を揺るがすような大きな出来事があった時、人々はそれぞれの体験を共有し、記憶を分かち合います。それは、まるで一つの大きな物語を紡ぎ出すかのように、個々の記憶が繋がり合い、時代を超えて受け継がれていくものです。しかし、時の流れは残酷なもので、どんなに鮮烈な記憶も、時間の経過とともに薄れ、風化していきます。そして、大きな出来事を知らない世代にとっては、まるで遠い昔の出来事のように感じられ、現実味が薄れてしまうのです。
それでも、昔話として語り継がれるだけでも、記憶の伝承としては意味があります。しかし、芸術作品として残すことは、単なる記録を超えた、より深い意味を持ちます。絵画、彫刻、文学、音楽。様々な形で表現された芸術作品は、その時代の空気感や人々の感情を、時空を超えて私たちに伝えてくれます。それは、教科書や資料集だけでは決して知ることのできない、生きた歴史の証言です。
例えば、戦争の悲惨さを描いた絵画は、戦場の様子や人々の苦しみを、見る者の心に強く訴えかけます。当時の社会情勢や人々の生活を描いた小説は、私たちを過去の世界へと誘い、まるでタイムスリップしたかのような感覚を与えてくれます。芸術作品は、単なる記録ではなく、人間の感情や記憶を呼び覚ます力を持っているのです。
芸術作品として記憶を伝承することは、その時代の画家たちが生きた社会情勢や風景を、後世に伝えることにも繋がります。彼らが目にした光景、感じた感情、抱いた思想。それらは、作品を通して私たちに語りかけ、過去と現在を繋ぐ架け橋となるでしょう。芸術作品は、記憶の伝承という役割を果たすだけでなく、私たち自身の感性を豊かにし、未来へと繋がる希望を与えてくれるのです。

1977 大分県生まれ
2001 東京造形大学美術専攻Ⅰ類卒業
2002 東京造形大学美術専攻Ⅰ類 研究生修了
2002-2016 ゲーム開発会社㈱アリカでデザイナーとして勤務
2016 東京造形大学 絵画専攻教員として勤務
【主な個展】
2025 「カニッツアの三角形と真夏の幽霊」新宿高島屋(東京)
2024 「描かれた滝はどこへ流れるのか」照恩寺(東京)
2023 「ダニウエ・アウベスのバナナ」FLAT RIVER GALLERY(東京)
2023 「観光楽園」下郡温泉(大分)
2021 「そんな私とロマンチシズム」LOOP HOLE(東京)
2021 「偶然と記憶は赴くままに」ギャラリー彩光舎(埼玉)
2019 「大大分図」アートプラザ大分(大分)
【主なグループ展】
2024 「Art Fair Beppu 2024」別府国際観光港(大分)
2024 「いしの集い」second2.(東京)
2023 「アート・ワンダーランド2023」大分市美術館(大分)
2021 ATAMI ART GRANT2021(静岡)
2019 もの・かたり-手繰りよせることばを超えて-ヒルサイドフォーラム(東京)
2018 回遊劇場壁画(大分)
アートプラザ(大分)国民文化祭おおいた2018
2017 アートなぞなぞ 静岡県立美術館(静岡)
2015 アートで見る南房総里見八犬伝展(千葉)
大分トリエンナーレ(大分)
2013 「Look East!-Japanese Contemporary Art」(シンガポール)
「第16回 岡本太郎現代芸術賞」展(神奈川)
【その他プロジェクト】
2024 新宿高島屋「プレミアムデイ」キービジュアル制作
2024 Art Fair Beppu 2024(大分)
2022 108ART PROJECT in 博多「博多駅前プロジェクト」七隈線開通記念壁画(福岡)
2020 レオナルド・ダ・ビンチの没後500年目(東京)
2018 ウォールアート大分 府内五番街壁画(大分)
2017 八王子医療刑務所壁画(東京)
2015 おおいたトリエンナーレ2015(大分)
【パブリックコレクション】
大分美術館・金谷美術館
【賞】
2008 アートブラザー大分受賞
2007 トーキョーワンダーウォール 大賞受賞









